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子どものからだと心・連絡会議から Nov. 30, 2006
国連・子どもの権利委員会への「子どもの権利についての報告書」(No.3)

The Basic Report on the Rights of the Child
from the National Network of Physical and Mental Heath in Japanese Children
to the Committee on the Rights of the Child (No.3)

子どものからだと心・連絡会議
The National Network of Physical and Mental Health in Japanese Children

 

1.はじめに
  私たち「子どものからだと心・連絡会議」(以下、「連絡会議」と略す)は、子どもの“からだと心”が豊かに育つことを願い、日本の子どもの“からだと心”の変化を正確にとらえ、確かな実践の方途を探るネットワークとして、国際児童年の1979年に結成されたNGO団体です。

結成以来、わが国の子どもの“からだと心”に関する権利水準の向上を目指して、子どもを取り巻くあらゆる領域の専門家(子ども、保護者、保育士、教諭、養護教諭、栄養士、研究者、医師、等々)が集って、子どもの“からだと心”についての情報を交流、討議できる場として「子どものからだと心・全国研究会議」を毎年1回のペースで開催してきました。また、1989年からは「“証拠”に基づく国民的科学運動」(Evidence based National Scientific Movement)の討議を、一層確実に前進させるための資料として『子どものからだと心白書』も発行してきました。さらに、この間、より多くの方々に子どもの“からだと心”の“事実”を知ってもらおうと、マスコミ、雑誌、関連学会等を通じて、積極的にその情報を発信するようにも心がけてきました。

ところが、日本の子どもに現れている“からだと心”のマイナス方向への変化は、私たちの予想をはるかに超える勢いで進行し、ますます深刻化の一途を辿っています。加えて、子どもの“からだと心”の“事実”認識には、日本政府と私たちとのそれに大きな相異があるとも感じています。
そのため私たちは、国連・子どもの権利委員会(The Committee on the Rights of the Child: CRC)(以下、「CRC」と略す)における過去2回の「日本政府報告審査」(1998年5月、2004年1月)に際しても、日本の子どもの“からだと心”に関する私たちの“事実”認識とその問題点を“証拠”に基づいて基礎報告書に記し、「市民・NGO報告書をつくる会」を通してCRCに届けてきました。その結果、CRCから日本政府に対して示された「最終所見」には、私たちの基礎報告書の内容が反映し、日本の子どもの“からだと心”の“事実”にある程度合致した“懸念”と“勧告”が提示されたと思っています。
このような作業は、一NGO団体には大変な時間と労力を必要とし、その負担は決して小さいものではありません。しかし私たちは、以下の3つの理由からこの作業を継続しなければならないと考えています。
1点目は、子どもの“からだと心”の権利が十分に保障されているとは言えない日本の現状があることです。このことは、本基礎報告書はもちろん、市民・NGOからの統一報告書や他団体からの別の基礎報告書にも示されている通りです。また2点目は、CRCから日本政府に示された過去2回の「最終所見」を見る限り、私たちの子ども理解が間違っていなかったと考えられることです。このことは、私たちに勇気と自信を与えてくれました。そして3点目は、日本の子どもの“からだと心”に現れているマイナス方向への変化は、少なくとも、隣国中国の子どもにも現れ始めているように、いまや日本の子どもに限定された問題ではないと考えられることです。このような「危機」を克服するためには、人類の英知を結集する必要があると考えます。

以上のことから、子どもの権利水準を向上させるために、CRCでの「日本政府第3回報告審査」がより有効に機能するよう、前回、前々回に引き続き、『子どものからだと心白書』を添付して、本基礎報告書を提出します。

2.政府統計から見えてくる子どもの“からだと心”の変化
  私たち連絡会議が発行する『子どものからだと心白書』には、政府統計で公表された数値を基に、連絡会議なりに解析した結果も掲載しています。それは、予想されている子どもの“からだと心”のマイナス方向への変化にストップをかけるためには、あらゆる“証拠”を基にして、その“事実”を多角的に把握することが大切であると考えているからです。

まずは、政府統計から見えてくる日本の子どもの“からだと心”の変化を、可能な限り明らかにしてみたいと思います。

2.1 『学校保健統計調査報告書』から見えてくる変化
  日本では、毎年の年度初めに学校健康診断が実施されています。そしてその結果は、文部科学省によって『学校保健統計調査報告書』にまとめられています。

その報告書を基に、5歳(年長)、11歳(小学6年生)、14歳(中学3年生)における疾病・異常被患率の年次推移を描いてみると、どの年齢においても、第1位は「むし歯」、第2位は「裸眼視力1.0未満」(以下、「視力不良」と略す)という結果であることがわかります。また、その他の項目で10%以上の被患率を示しているのは、11歳と14歳の「その他の歯疾患」だけであるということもわかります。

このような“事実”は、とかく「健康的でない」と思われている日本の今の子どもではあるものの、少なくとも学校健康診断の結果から見えてくる健康問題は、“口の中”の問題と“目”の問題とにある程度限定されてきていることを示しています。

そうは言っても、一応、減少傾向にある「むし歯」の問題はまだしも、「視力不良」の増加傾向には不気味ささえ感じています。この推移が、それまでの横ばい状態から増加し始めたのは1970年代中頃、さらにその増加傾向が加速したのは1980年代後半でした。

実は、1970年代中頃という時期はテレビの出荷販売金額が頭打ちになり、日本ではだいたいの家庭にテレビが“行き渡った”と推測できる時期にあたります。また、1980年代後半という時期はテレビゲームの売り上げが伸び、子どもの生活の中に“侵入”してきたと推測できる時期にあたります。

すなわち、日本の子どもの視力はテレビやテレビゲームから出る“電磁波”によって低下してしまったと推測できるのです。

2.2 『学校基本調査』から見えてくる変化
  テレビやテレビゲームによる子どもの“からだと心”へのマイナスの影響は、これだけに止まらないのかもしれません。

近年の日本では、小学校ならびに中学校における学校長期欠席児童・生徒、いわゆる「不登校」の子どもの割合が注目されています。そしてその推移が、それ以前の減少傾向から増加傾向に転じたのは、小学校が1987年、中学校が1975年のことでした。

すなわち、これらの事象と前述のテレビ、テレビゲームの浸透との間にも“奇妙な一致”が認められるのです。
一見、何の関係もなさそうなこれらの事象の一致は、単なる偶然なのかもしれません。しかし、小児白血病や睡眠障害などの健康被害にも“電磁波”が関係しているという報告や“光刺激”がヒトの生体時計に影響を及ぼすという報告等は、これらの一致を“単なる偶然”として片づけてしまうことの危険性を教えてくれているようにも思えるのです。

2.3 『体力・運動能力調査報告書』から見えてくる変化
  さらに、テレビやテレビゲームの浸透は、子どもの非活動的な生活を誘発し、結果として体力・運動能力面にも影響を及ぼすことが予想できます。

日本には、毎年行われている「体力・運動能力調査」の結果を集計した『体力・運動能力調査報告書』(文部科学省発行)という政府統計もあります。それを基に、新体力テスト合計点の年次推移を観察してみると、意外な“事実”に驚かされます。

それは、世間では一貫してその低下が“心配”され続けている子どもの体力・運動能力ですが、必ずしも、それに値するような推移を示していないということです。またそればかりか、中学生、高校生では、むしろ上昇傾向さえ示しているのです。私たちは、この点に関して漠然と根拠のない“心配”を続けてきただけなのかもしれません。

そしてこの“事実”は、日本の学校体育が一定の成果を上げていることを物語っていると考えます。まずは、そのことを素直に評価しておく必要があるでしょう。その上で、子どもの「体力低下」の“実感”が世間に拡がっているという“事実”の“実体”を探求することが大切であると考えます。

そのため私たちは、子どもの「総体的な体力像」に影響する体力要素についても、独自の調査結果を基に分析してきました。その結果、「総体的な体力像」に最も強い影響を及ぼしていた体力要素は、「体力」というコトバで一般的にイメージされやすい持久力、筋力、瞬発力、敏捷性、柔軟性等の要素を包括する「行動体力」ではなく、自律神経系、免疫系、ホルモン系といった「防衛体力」であったということもわかってきています。

したがって、世間に拡がる子どもの「体力低下」の“実感”を払拭するためには、「防衛体力」の改善を視野に入れた取り組みが必要であると考えられるのです。

2.4 『人口動態統計』から見えてくる変化
  日本では、子どもの「生存」にかかわる新たな問題も発見されています。死産性比の異変がそれです。
  このデータが蓄積され始めた1899年当初は、女の子の死産100人に対して男の子の死産が約110人という水準でした。ところが、その後1910年頃からは次第に男の子の比率が増加していき、1970年前後には女の子100人に対して約130人という水準に達しています。さらに、1972年からは一層この増加傾向が急速になって、1995年には200人を突破、2004年には224.3人に達してしまっているのです。

日本の死産性比に起こっているこのような異変の理由は、現在のところ、“不明”としか言えません。ただ、私たち連絡会議では、この推移の転換点である1970年代に起こった生活の変化に着目して、今のところ、以下の2つの仮説で議論を続けています。

1つは、前述したように、各家庭にテレビが設置されるようになったのがこの時期であったということから“電磁波”を原因とする説です。またもう1つは、インスタント食品やファーストフードの登場が象徴しているように、いわゆる“環境ホルモン”と呼ばれている物質が生活の身近なところに出現し始めたのがこの時期であったということから“環境ホルモン”を原因とする説です。

この異変の真の原因を突き止めることは、決して簡単ではないでしょう。しかし、「子どもの権利」が胎児期から守られなければならないことは確かですし、加えて、もうそろそろ真剣に議論しなくてはならない程度の変化を示しているとも思うのです。

2.5 政府統計にかかわる問題点
  あらゆる分野で“Evidence based(証拠に基づく)”ということが叫ばれている昨今、政府統計だけでもここまでの議論ができるのは日本の強みでしょう。

しかしながら、これらの政府統計が、必ずしも子ども政策に活用されているとは言えないのも日本の現状です。“誰”のための“何”のための統計なのか、ということがないがしろにされて、“統計のための統計”になってしまっている現状を一刻も早く改め、子どもの“からだと心”の“事実”を正確に解析し、それに合致した子ども政策の実現が待たれています。

また、過去2度に亘る「最終所見」では、“子どもに関するデータ収集システムの確立”の必要性がCRCから指摘されているにもかかわらず、一向にその改善が見られない日本の様子は、私たち連絡会議が前回提出した基礎報告書でも指摘している通りです。これでは、何のための「最終所見」なのか、ということさえ疑問に感じてしまいます。

これらのことから、日本政府にはせっかくの統計を子どもの“からだと心”の“事実”認識のために、一層丁寧に解析する努力を期待したいと思います。加えて、例えば、「マイノリティー」の子どもの健康等、政府による全国規模での既存の統計ではカバーできていないデータ収集システムの確立を図ることと、過去のデータと比較し、その時々の子どもの健康状態がより正確に把握できるデータ収集の確立ということを期待したいと思います。

とりわけ、その低下が心配されていながらも、あまりにも安易に測定項目から削除されてしまったために、今ではその実態を把握することができなくなってしまった「背筋力」や「立位体前屈」、測定方法や統計基準が変更されてしまったために、やはり過去のデータとの比較ができなくなってしまった「視力不良」や「不登校」は、いずれもその悪化が心配されていた項目でもあります。したがって、せめて、その悪化傾向に歯止めがかかるまでは、例えば、オプション項目としてでも復活させるべきではないかと思うのです。

3.連絡会議独自のデータから見えてくる子どもの“からだと心”の変化
  連絡会議では、子どもの“からだのおかしさ”の“実体”を探るための第一段階の作業として、子どもの“からだ”の変化に関する保育・教育現場の先生方の“実感”を調査し続けています。そして、その“実感”を基に、子どもの“からだと心”の“事実”を明らかにし、その“実体”を追究しています。

ここでは、その“実感”調査を基に進めてきた“事実”調査の結果から見えてきた日本の子どもの“からだと心”の様相を報告したいと思います。

3.1 子どもの“からだ”に関する変化の“実感”
  私たちは、子どもの“からだ”の変化について、保育・教育現場の教師の“実感”を1978年からおよそ5年ごとに調査し続けていますが、2005年に行われた最新の調査では、いずれの学校段階においても、「最近増えている」と“実感”されている事象のワースト5に“アレルギー”と“すぐ「疲れた」という”がランクされました。

際、“アレルギー”については、日本学校保健会による「平成16年度児童生徒の健康状態サーベイランス事業」においても、“現在(1年以内)アレルギーと言われている”子どもが男子で18.9%、女子で18.7%と、およそ5人に1人に達しています。また、これに“以前(1年以上前)にアレルギーと言われたことがある”子どもを加えると、男子で50.8%、女子で47.6%と、およそ半数の子どもが“アレルギー”と診断された経験を有していることがわかります。

ところが、もう一方の“すぐ「疲れた」という”事象については、そのような“実感”の増加が、一体、どのような子どもの“からだと心”の変化を示唆しているのか、皆目見当がつかないというのが正直なところでした。むしろ、“からだ”を使って十分に遊び込んだり、運動部活動で汗を流したりという様子は、それほど「疲れ」を訴えていなかったかつての子どもに多く見られた姿でもあります。そのため、身体活動量の多寡がこの“実感”の増加に関係しているとは考えられません。

そこで私たちは、以下の2つの仮説を立てて、子どもの“からだと心”の“事実”調査を進め、その“実体”を探求してきました。

3.2 仮説1・ “自律神経系”の発達不全とその不調
  1つ目の仮説は、“自律神経系”の発達不全とその不調ということです。
  言うまでもなく、自律神経系の働きの変調は、全身の倦怠感、めまい、頭痛、腹痛などの諸症状を起こしやすくします。つまり、“すぐ「疲れた」という”子どもが「最近増えている」との“実感”の“実体”の一つとして、疲れやすい子どもの増加を予想してみたわけです。

この仮説を検証するために私たちが手がけているのが、血圧調節機能や体温調節機能に関する“事実”調査です。
例えば、体位血圧反射法という手法を用いて行われてきたこれまでの調査における血圧調節不良群の出現率とその加齢的推移を観察してみると、1956年調査では、加齢とともに不良群の割合が低下していき、当時の子どもの自律神経系の機能が順調に発達していた様子を観察することができます。ところが、1984年調査になると、中学生になっても、高校生になっても、この割合が減少していかず、1990年代、2000年代の調査では、一層不良群の割合が高くなって、8割前後の子どもが不良群と判定されてしまう事態を招いている様子がわかります。

また、起床時の腋窩温が35℃台の低体温傾向群と36℃台の標準体温群とにおける一日の体温変動を比較した調査結果によると、低体温傾向群の子どもは標準体温群の子どもに比べて、一日中低い体温水準にあること、さらに、体温がピークに至る時間帯もより遅い時間帯にズレ込んでいること、そして、就床時になっても起床時の水準まで体温が十分に下がってこないこと等の様子を窺うことができます。

これらの結果は、日本の子どもの自律神経系が“自然”には成長しなくなっていること、ならびに、その調子が悪い子どもは総じて生体リズムが遅い時間帯にズレ込んでいたり、未確立であったりする様子を浮き彫りにしていると考えられます。

いずれにしても、自律神経系の発達に関するこのような“事実”は、日常的にも疲れやすい“からだ”にある子どもが増えていることを物語っているとも考えられるのです。

3.3 仮説2・“大脳前頭葉”の発達不全
  そうは言っても、子どもに限らず、私たちおとなも、夢中になって物事に取り組んでいる時には、不思議なくらい疲れを感じません。つまり、生活に満足感や充実感がある時には疲れを感じにくいものなのです。だとすると、“すぐ「疲れた」という”子どもが「最近増えている」との“実感”の“実体”の一つは、満足感や充実感を味わうことができない生活を送っている子どもが増えていることを反映しているのかもしれないのです。そして、満足感や充実感といった感情、あるいはやる気や根性といった意志は、大脳前頭葉が司っていることを考えると、この機能の発達に何らかの変化が現れているのではないか、という予想が成り立ちます。これが、2つ目の仮説です。

日頃私たちは、go/no-go実験という手法を用いて行われてきた子どもの大脳活動の型調査の結果にも注目しています。その内、不活発(そわそわ)型と判定された子どもの出現率とその加齢的推移を見てみると、わが国においてこの調査が最初に行われた1969年当時は、小学校に入学する頃になると1~2割程度の子どもにしか見られないのがこのタイプであったことがわかります。ところが最近では、そのような子どもが5~6割にも達しており、しかもその後の推移を見ても、男の子ではなかなかその割合が減っていかない様子を窺うことができるのです。

最も幼稚なタイプと考えられているこの「不活発(そわそわ)型」の子どもは、大脳前頭葉の“興奮”、“抑制”が、ともに十分に育っていないために、集中が長続きしないという特徴を有しています。そのため、いつも“そわそわ”“キョロキョロ”していて落ち着きもありません。かつては、小学校に入る頃になると、そのような子どもはクラスの少数派でしたが、最近では多数派とも言える状況にあります。
日本では、1990年代以降、いわゆる「学級崩壊」という問題事象が教育現場から報告され、話題になっていますが、大脳前頭葉に関するこのような発達傾向を考えると、少なくとも小学校低学年でそのような問題事象が発生してしまうのもある程度納得できます。また、女の子はまだしも、男の子が育ちにくい状況にあることも注目すべき“事実”であると考えるのです。

他方、1969年調査では1人も観察されなかった「抑制型」の存在にも少々緊張しています。なぜならば、このタイプに判定される子どもは、日頃から必要以上の“抑制”が働いており、自分の気持ちを上手に表現することができないと予想されているからです。そのため、“まじめでいい子”、あるいは“おとなしくて、何の問題も起こしそうにない子”というのが、このタイプの子どもに対する一般的な印象です。このような印象は、何らかの事件を起こしてしまった子どもに対する周囲の人々の印象と酷似しています。もちろん、この調査の対象者が「キレ」て、何らかの問題事象を起こしてしまったというわけではありません。けれども、かつては観察されなかったこのタイプの子どもが、少数とはいえ観察されはじめたことも注目すべき“事実”であると考えます。

そもそも、大脳前頭葉の発達のためには適度な“興奮”が必要であり、子どもというのは“興奮”が優位な年頃と考えられてきました。ところが最近では、意識的に仕掛けてあげないとなかなか“興奮”が惹起されないことが心配されています。このことは、いわゆる「子どもらしい」育ちが保障されないままに、「よい子」を演じることが強いられてしまう生育環境の問題性を浮き彫りにしていると考えるのです。

いずれにしても、大脳前頭葉の発達に関するこのような“事実”は、満足感や充実感が惹起されにくい“からだ”や“生活”におかれている子どもが増えていることを物語っていると考えられるのです。

4.子どもの“からだと心”に関する今日的健康課題を解決するための連絡会議からの提言
  以上の“事実”を踏まえて、私たち連絡会議は、日本の子どもの“からだと心”に関する今日的な健康課題を解決するために、日本政府に対して、せめて、以下の3点を実行していただくことを期待します。

4.1 “危険可能性”という「予防原則」の視点を持つこと【提言1】
  子どもの“からだと心”の“事実”に、テレビ、テレビゲーム、携帯電話、電磁調理器、あるいはスナック菓子、インスタント食品、ファーストフード等々が、何らかの影響を及ぼしていることは十分に予想できることです。したがって、経済最優先のもとに、あまりにも無秩序かつ無防備にこれらを子どもの生活の一部にしてしまった責任は大きいと言えます。

また、子どもの健康にとって危険な可能性があるものについては、“慎重なる回避”という「予防原則」の視点に立って、子どもとの合意のもとに約束事を決め、少なくとも、その安全性が確認されるまではそれを回避する、ということが必要な時代になってきていると思います。

したがって、“危険可能性”という「予防原則」に立脚した子ども政策の立案は、子どもの“からだと心”の権利水準を向上させるための必要条件であると考えます。まずは、このことを期待したいと思います。

4.2 “子どものため”という観点に立脚した政府統計の充実・解析とそれに基づく政策立案を図ること【提言2】
  2つ目は、子どもの“からだと心”に関するデータ収集システムの確立についてです。この点については、当面の課題として、次の諸点を早急に実現すべきであると考えます。

1)現在の政府統計ではカバーされていない障害児や少数民族等、いわゆる「マイノリティー」の子どもの健康に関する全国調査を企画すること。

2)現在、その問題性が心配されている「背筋力」、「立位体前屈」、「視力不良」、「不登校」に関]する従来の統計を復活させること。

3)せっかくの政府統計を丁寧に解析すること。

4.3 “自律神経系”・“大脳前頭葉”の発達不全と不調を克服するために、これまでの「自然成長論」を改め、積極的な取り組みを展開すること【提言3】
  近年、文部科学省は「早寝・早起き・朝ごはん」の取り組みを声高に“呼びかけ”ています。もちろん、子どもの“からだと心”の“事実”を踏まえれば、“健康生活”の構築が必要なことは理解できます。しかしながら、そのような“呼びかけ”だけで、かつてのように健康的な子どもの生活が復活するとは到底思えません。

なぜならば、子どもをもターゲットにした経済最優先の社会構造が何一つ改められていないからです。例えば、テレビゲーム等に関する企業戦略は、子どもの“健康生活”の構築という観点からも、決して野放しにできません。これ以上、保護者の精神的、経済的負担を増大させないためにも、一方でこのような社会構造そのものにメスを入れていく必要があるとも考えます。

他方、教育基本法を「改正」しようという風潮も看過できません。少なくとも、子どもの“からだと心”の“事実”は、「国家を愛する態度」など、徳育の「態度」規定等に象徴される「改正」案を望んではいないと考えます。また、必要以上の「道徳教育」や厳しすぎる「しつけ教育」も望んでいないと考えます。

なぜならば、日本の子どもが「よい子」を演じなければならない抑圧的な生育環境等こそが、いまの子どもの“からだと心”の“事実”を生み出していると考えることができるからです。その意味では、「子どもらしい“興奮”」が惹起されるように、保育・教育現場における人的・物的環境の充実を図る等、子どもの生育環境を整備していくことの方が優先課題であると考えます。

5.おわりに
  以上、本基礎報告書では、“証拠”を基に日本の子どもの“からだと心”の様相を概観してきましたが、その状況は正に「危機」的であるといわざるを得ません。この「危機」を「希望」に転じて、子どもの未来を輝くものにするためにも、CRCによる「日本政府第3回報告審査」がその契機になることを心より期待します。

 

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